画家は何を見ていたか?

アメリカのアートといえば抽象画という印象を、20歳代までの僕は持ってました。要するに、何が何だかわからない絵が、何百万ドルで落札されたと騒がれる、すべて他人事。

ところが、実際にニューヨークのギャラリー巡りをやると、抽象画も多いのですが、具象画も多いことがわかってきました。

就職活動中の学生の必携書「人を動かす」を著いたデール・カーネギーは鉄鋼王で有名ですね。

その時代は鉄道王、毛皮王、電気王、森林王、石油王と「王様」が続出した時代で、彼らとその子孫は、美術のコレクターであることが多い。ということも、現地に行って初めてわかったことです。

今回はニューヨークではなく、ワシントンDCにあるフィリップス・コレクションが乃木坂にある国立新美術館に来たので、見てきました。ダンカン・フィリップスも例にもれず、「王様」の子孫です。

19世紀末から20世紀初頭にかけての、リアルタイムのコレクション。

当時の「現代アート」を集めた、つまり、評価の定まってない絵画を集めたということは、転売目的ではなく、ほんとに絵画が好きだったのでしょうね。



良かったですよぉ。具象も抽象も。

画家の名前は知らなくても、絵を見ればわかる作品が多い。ウィンズロウ・ホーマー、グランマ・モーゼスジャクソン・ポロック

僕が特に好きな2人の画家の作品もありました。エドワード・ホッパージョージア・オキーフ

まず、ホッパー。PCの壁紙は彼の「ナイト・ホークス」という絵、ぐらい好き。夜の街で営業中の簡易食堂・ダイナーに、客のカップルと男と、そして店員一人という静寂の風景。

今回は「日曜日」と「都会に近づく」の2点。両方とも思い入れたっぷり。

「日曜日」は、ニューヨークが摩天楼になる前の時代様式、キャストアイアン(鋳鉄)で建てられたビルを背景に、腰掛ける男の絵。孤独で、憂愁で、乾燥していて。

ミュージアムショップで買ったピンズを、思わず隣に刺しました。

ちなみに、ダンカンはこの絵を600ドルで購入したと、ワシントンDCからやって来た学芸員スーザンのレクチャー。

「都会に近づく」は、ブルックリンかクイーンズからマンハッタンに進入しようとする鉄路を描く。鉄路はトンネルの闇に消えて行く。都会の闇がメタファーになっています。



次いで、オキーフ

清里で、自然に囲まれて生活してみて、やっと彼女の描く葉っぱの質感がわかりました。これは、決して都会の葉っぱではありません。

前に、清里で近所の農家から、花豆の殻を段ボール1箱分もらった話を書きました。

この色彩が、オキーフの葉っぱにありました。大地を渡る強風にあおられないと、こんな色をしないのでしょう。

色だけではありません。形、葉脈、反り具合、破れ具合も、吹きっさらしになってできる葉っぱ。

絵に描かれた「現物」を見て、初めて画家がどんな環境で描いていたかがわかるんですねぇ。

それは、夜の空の黒色とか、山の緑色でも感じました。



ミーハーなので告白します。アメリカ現代美術の立役者、レオ・キャステリ翁に会って、握手して、ツーショットで写真を撮りました。しかも、彼の画廊で。

僕はGAP、彼は仕立てのいいスーツを着てました。うれしかったなぁ。

★それでは「音だっち」ツネツネから。これもモダンアートです。

・本日のおすすめLittle Creatures
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