屏風絵から音を産み出していく

最初に「屏風と音楽」というチラシを見た時、何だろう?と不思議でした。鈴木広志グループコンサートとあります。

サックスとフルート鈴木広志。ピアノとアコーディオン大口俊輔。コントラバス東保光。パーカッション小林武文。

会場前のロビーに、目もくらむ金屏風。こうこうと照らされた「上杉本 洛中洛外図屏風」とあります。

訊けば、米沢市上杉博物館所蔵の国宝。のレプリカ。

桃山時代天正2年(1574年)に、織田信長上杉謙信に贈ったと伝えられる屏風でした。狩野永徳の作。

ちなみに、天正4年〜7年には安土城が造営され、その後、永徳一門は秀吉の大阪城聚楽第でも床の間・襖絵・屏風絵を描いたといいます。

この「上杉本」当時の京都の人口は10万人ほど。描かれている人の数は合計2500人といいますから、40人に1人が登場している。

ぐっと目を近づける。

春から冬まで、かつ、京都を東から西まで描く。時空を超えて一枚にまとめるのは、日本画人の得意技です。

五条の橋はどこ?と探す。えぇ、桃山時代はこんな小さい橋だったの? パチリ。

あるある。清水寺、東寺、祇園南禅寺烏丸通り、金閣寺、嵐山。

「二条殿は、二条城のことですか?」

「これは、お公家さんの家です。二条城は江戸時代ですから、まだありませんでした」と、なるほどの説明。

いや、人がたくさんいて楽しい。



コンサートは、2部構成でした。

1部は、この屏風絵を見て鈴木広志グループが音づけをしたもの。

メンバーは全員が作曲もします。

霧や雲の自然を曲にしたり、人々のくらしを曲にしたり。描かれている花をモチーフにしたり、全体を極楽浄土に見立てて作曲したり。

応仁の乱で京都が壊滅し、復興する街の理想を描いたといわれる、この屏風絵。

そこから、願いや祈りを曲にしたものもありました。

作曲ができる人は、うらやましいです。音は瞬間に、誰でも、感情の襞を震わせますから。

メンバーのどなたかが、「ラモーからヒントを得て」と言っていたので、どんな人?と探しました。



2部は、赤や緑のシャツ姿で愉快に登場。

鈴木広志グループがワークショップをし、その時に演奏した曲を聴いて、子供達が絵を描いた。

彼らは、その大きな絵をヒントに、それぞれがまた作曲。1部と違って、いかにも子供の天衣無縫が伝わる曲。

舞台を踏みならしたり、紙を擦り合せて音を出したり。コントラバスには、こんな自由な弾き方もあるんだと驚きました。

ところどころ、童謡のようなメロディが顔を出すのも楽しい。皆んな、気持ちは小学生になっているのでしょうか。

通常のドラムだけでなく、タブラやジャンベもやる小林武文兄さん、効き目がありました。

CD「国宝 上杉本洛中洛外図屏風を聴く」は、You Tube
にはありませんでした。代わりに、コントラバスの東保光兄さんが作曲したものがありました。

なお、彼らのワークショップは、こんな感じで行われたのでしょうね。