あれから41回目の11月25日

金閣寺」が、宮本亜門さんの演出で来年1月12日に赤坂アクトシアターで公演。青山一丁目の駅ばりポスターを見かけました。

高校まで、情けないほど本を読んだことが無かった僕は、学生時代に出会った三島由紀夫に、すがりつくほど傾倒しました。明瞭な輪郭をもった作家でした。

音楽でも文学でもスポーツでも旅でも、青春時代に夢中になった人がいるでしょ? その人が、その道の案内人となって、同種の人や業績を知っていく。

合わせて180度反対の極も知っていき、そして、その中間も知っていく。やがて、4分の1や8分の1や、16分の1や32分の1に位置する人や作品も知って大人になっていく。

真っ黒から真っ白までの間にある、グレーのグラデーションの多様さを知る。世の中には、真っ黒や真っ白な人は希で、濃淡の差こそあれ、99.9999%はグレーと知る。

彼は、黒であれ白であれ、極の端にいた人ですから、際立っていました。

現代の人は、「金閣寺」を観て、読んで、どんな感想をもつのだろう。聞いてみたいです。

今も連綿と続く、三島由紀夫という不思議の解明作業。

11月26日は、僕は作家の三輪太郎さんの「文学講座・三島由紀夫」を聞いてました。

渋谷区・郷土博物館が主催したもの。これは、彼が昭和12年から25年まで、東急デパートの裏手・松濤で暮らしていたのに因んで。

26日には、大田区・馬込図書館でも文学講座「『金閣寺』の誤解と解読」がありました。これは、新築した彼の自宅があった縁から。「海賊の家」と偽悪ぶりを愉しんだ、例の家です。

11月25日から12月2日までは、高輪のギャラリーで人形のオマージュ展が開催されていました。

三輪太郎さんの講演は、三島由紀夫村上春樹を比較して、その相似性を「怒らないで聞いてください」と、前置きしながら語る。

僕は村上春樹を読んだことがないので、「父との対立と和解」を解説されてもピンと来ません。

ただ一つ、新発見がありました。

村上春樹の両親は国語の先生をしていて、幼少の頃、古典の暗記を強要されたことがいやで、興味が正反対のアメリカに向かったということ。

「文芸は、社会を逆照射する」と語る三輪さん。0.0001%の文芸者が、凡百のとめどない妄想に「それは、こういうことでしょう」と結実させるのは確かです。

それが、時代を刺す匕首になったら、うろたえる。

うろたえるポーズをとりたがらない人は、ピント外れのコメントを出して文芸者を異化する。反対に、自己同化するうつけ者もいました。

今回、幻の伝記映画と言われているポール・シュレーダー監督のMishimaYou Tubeで見ました。1〜12まであります。

一般上映されていなかったので、初見です。文学的自決をする1970年11月25日の1日と、「仮面の告白」「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬」がパラレルに進む。

豊饒の海」最終巻「天人五衰」、最終行。

「記憶もなければ何もないところへ自分は来てしまった」。反芻しては、悄然となる。