布団の中で、ベン・シャーンを想う

寝ては起き、起きてはうつつまぼろしの。引き続き14日に書いてます。風邪で寝込んで2日目の12日分。

せき、たん、のど、熱、くしゃみ、鼻水に効くと箱に書いてある「ルルアタック」錠を飲んで布団の中。

特に、鼻水という文字に惹かれました。

物を下において、上からカメラでファインダーを覗くでしょ? すると、タラ〜ツと鼻水が出る。15cmくらい。ちぎれそうで、ちぎれない。

それに12日は、今思い出しても悔しい。

今年最初の水泳教室でした。行けなかった。「プールは逃げないから、また次週」と、思いは布団の中で遊泳中。音は、マルコス・ヴァリでしょうか。

1月4日は、葉山に出掛けてました。サーファーを撮影をしていて、どんどん波に近づき、たっぷりと足にかぶる。チブテェ。

浜辺に出る前に見ていたのは、ベン・シャーン

神奈川県立近代美術館 葉山でやってました。1月29日までやってます。これは、おすすめです。

グラフィックに興味がある人にとっては、名前は、かねがね。画風もおなじみでしょう。

高校時代に見た時、いかにもニューヨークからやって来たお洒落なモノクロの線だと感じていました。

それは僕だけではありませんでした。

たぶん、和田誠さんや山藤章二さんや安西水丸さんの世代は、すでに仕事としてデザインをやっていたでしょうから、彼らがどれほどベン・シャーンの影響を受けたか、今になればわかります。

センスのいいイラストレーター、という思い込みは展示会場に入って「おや?」と変わる。

1898年、帝政ロシアユダヤ人居住区に生まれる。1906年アメリカに移住。1913年からマンハッタンの石版画工房で徒弟修業開始。

皆さんは1920年に起きた「サッコ・ヴァンゼッティ事件」をご存知ですか? 無政府主義者のイタリア移民にふりかかった冤罪事件です。

報じられた新聞の写真を基に、ベン・シャーンは板に絵を描いた。これが、展示1枚目ですからショックでした。

その後も、新聞に載る報道写真を切り抜いてはソースファイルにまとめ、描いていったシャーン。

大不況だった1930年代。スタインベックの「怒りの葡萄」の時代です。彼は写真を撮り始める。全米で、疲弊する人々の写真群の記録に、また圧倒される。

「写真、絵画、グラフィック・アート」と、彼がクロスメディア・アーティストと呼ばれた理由がわかりました。

パッと見、お洒落。でも、お洒落の画風の裏に、翻弄される人々がいたのです。それは、祖国を失った自分の像だったのかもしれません。

気持ちは、なつかしい土地の思い出か。