学問の泰斗は、こんな授業をした

大学は、それぞれ出版会を持っています。

人文系の本に限った話をすれば、基本は、所属する教官が論文を発表する場ですから、箱の隅をほじくるような内容を、硬い文章で書いてある。

ほぼ小説は無いので、有名な文学賞には無縁。一般人を相手にした評論も無いので、社会的な反響とも無縁。紀行も評伝も、あることはあるけど、要は「学者業界」で通用するようなもの。

おわかりでしょう、編集がされてないのです。大学出版会には編集者が不在なのです。教授は、「隔離された世界」で偉すぎるので。

ですから、東京大学出版会が「知の技法」をヒットさせた時は、世間がわかる編集者がいたんだ、と驚きました。

羽鳥和芳さん。名編集者です。

2009年に退職して、羽鳥書店を設立。ちょうど2年前、羽鳥さんは、出版会時代に買い溜めた本を、ほとんどタダ値で青空古本市を開きました。

僕も行きました、駒込の光源寺。

夢十夜を十夜で」高山宏著の奥付を見て、羽鳥書店が文庫も出していることを知りました。

夏目漱石の「夢十夜」を、明治大学高山宏教授が授業で取りあげ、それを、再現したもの。講義録ではありませんが、たぶん講義に加筆して、輪郭鮮やかにしたもの。

自ら「学魔」と名乗るほどの高山兄さん。

写真は、講義で使われた資料。

思い出します。彼がまだ都立大学にいたころ、僕は1回だけ講義を聞いたことがあるんです。

ビジュアル好き→視覚表現→表象文化、という流れで出席した次第。両面コピーで30枚ほどの束が配られ、次から次へと解説していく。

チンプンカンプン。

マニエリスム、エクプラーシス、ゴシック、ルナティック、バロックサブライム、トポス・・・。

あまりの不可解に酔いました。

コピーの白黒画像を親切に用意してくれているのに、「それは、こういうふうに読み取れる」と説明しているのに、まるで不明。

それが不思議と、不愉快じゃなかったんです。へ理屈に聞こえなかったからでしょう。学問・思考の見本を開陳されたからでしょう。

ですから、この本も彼が明快に言い切っていることが、まったくわからなくても、ちょっとも不満はありませんでした。焦りもなかったし。

夏目漱石の「夢十夜」は、1908年に朝日新聞に発表されました。

日露戦争にも勝ちイケイケの日本で、怪談・奇談の体裁をとりながら、「陰鬱な暗示をしているのだろう」と思える文明批評をする。

今回、僕は佐藤慶さんが朗読するCDを、20回ほど聴きました。

平行して、高山教授の講義を読む。すると、「ここの箇所は、ジェンダーを言っているわけだね」となるから、なかなか前に進まない。

一番好きなのは、第一夜。


こんな夢を見た。

腕組みをして枕元に坐っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。

・・・・・

すると、石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。

・・・・・

百年はもう来ていたんだな、とこの時始めて気が付いた。

2月初旬に来日したテデスキ・トラックス・バンドを聴いたら、ピッタシだった。