贅沢だけじゃない企画展を旅する
トイレの女性のアイコンは、ハイヒールが多いですね?
口紅でもないし、ハンドバッグでもない。口紅は小さすぎるし、ハンドバッグはデザインがあり過ぎるから。
専門のデザイナーだけでなく、あらゆるクリエーターを刺激するハンドバッグ。
ディオールが旗艦店を銀座にリニューアルオープンし、それを記念して、5月20日まで展覧会をやってます。
LADY DIOR AS SEEN BY 展。会場は、晴海通りのディオール銀座店ではなく、並木通りの和光並木館1階です。いやぁ、まばゆいばかりの才能の展覧会。
写真家、彫刻家、建築家、ビデオアーティストたち。
「70名くらいの方々に創作してもらいました」と、ディオールを着た店員さんの応接。「どうか、感じるままに」とは言いますが、数の多さにあわてました。
ピーター・リンドバーグ、オリンピア・スカリー、ナン・ゴールディン、劉建華。
彼らが、ディオールのバッグをモチーフに1点ものを創作した展覧会です。
皆、尖った人ばかり。
パンフを読むと、ダリやミロやジャコメッティを世界に知らしめたのはディオールだったらしい。ピカソやクレーのコレクターでもあった。ガートルード・スタインは、ディオールのファンだった。
芸術家と友だちづきあい。その社風が、今に伝わっているのでしょう。
数人の監督も映画を撮りました。地下1階で見られます。デイビット・リンチのはLady Blue Shanghaiという短編映画。
ミステリアスな上海を演出してました。
一方、こちらはシャネル。
日本法人社長のリシャール・コラスさん。今まで短編を著いているのは噂でちらほら聞いてました。
今回、「旅人は死なない」を読む。装幀も彼の写真。
小説は、鎌倉の自宅にある掘りごたつに入って書くというから、写真も鎌倉の海辺でしょうか?
実業家で文学をやる人に、堤清二さんがいます。ペンネームの時は辻井 喬。
実業界というのは、けっこう懐が深いところがあって、何も決算と株価だけがすべてではない。
宗教とか共産主義とか家庭崩壊とか民族とか文化など、一見、金儲けと真逆なテーマすら無関心ではない。
一昔前、野村証券が社員研修で藤原新也さんを呼びました。元共産党員のバリバリ社長は、いくらでもいます。
一方、文学というのも間口が広くて、神経質な芥川賞的とか、人情ものの直木賞的以外にも、星の数ほどテーマはある。
ですから、コラスさんが短編集を出版したらかといって、不思議ではありません。
たいがいの人は、できませんが。
それも、魂の放浪のような文学は。やはり、モロッコ育ちが決定的な辺境への憧れになったのでしょうか?
パリ大学東洋語学部入学も、その延長かもしれない。
じゃぁ、辺境好きなら、なぜバックパッカーにならなかったの? というのは、あまりにも人間を見てない。仕事が実学・ハウツー・情報処理だけで営まれていると勘違いするに等しいよね。
それぞれの短編には、コラスさんとおぼしき人が登場します。
表題作「旅人は死なない」で出てくるのは、インターネットで起業して成功を収めた青年。
彼には、元医学生・現やくざの友だちがいた。彼のおかげで「他人」になれた自分は、アフリカへ旅に出る。そこで機関銃を持った略奪団に誘拐される。
淡々とした旅じゃないんです。
決定的な最後の言葉を吐く首領も、たぶんコラスさんが実際にアフリカ旅で出会った男の風貌から得た描写でしょう。
「ボアイヤージュ ボアイヤージュ!」も、彼とおぼしき男が出て来ます。
砂漠のベドウィン族から、静かな土地で瞑想することを学んだ「僕」は、日本で受けるプレッシャーに屈しないよう、空虚・沈黙・絶対的なもので自分を満タンにするため
アメリカを目指す。
ナバホ族の老人と出会い、彼が音頭を取る歌に「旅から旅へ」と思わずハミングする。
正直、コラスさんに、これほどワイルドな血が流れているとは意外でした。
書かずにはいられない。書くことが「解毒剤だ」とまで言ってます。
旅人は、よその土地ですれ違った他者の人生と対峙させ、少し持ち帰る。すると、自分の偏狭な精神から抜け出せる。
ディオールの70作品を、簡単に見ることはできませんでした。