「こうしたい」先で、手が働いていた

・・・みたいな事を考えながら、空想建築の世界で、空の散歩をお楽しみ頂ければ幸いです。

立体造形作家・内林武史

青山の骨董通りをブラブラして、とある角を入って見つけた、全面ガラス張りのギャラリー新生堂。外部から作品が丸見えですから、これは入りました。

工作好き、建築好きとわかる作品。

・ふとした偶然から「量子ジオライトエネルギー」を発見。その数年後、「半重力制御装置」を発明。

・この発見と発明により、今まで不可能とされていた数々の建築が可能になりました。

で作った、空想建築。をミニサイズにして展示してました。凝ってるんです。

写真は、「三つの塔と無音の場所」という作品で、CDプレーヤー。鉄製の丸いテーブルに透明ドームが載り、これが未来都市のように見える。周囲には、3体の高層建築が取り囲む。

「これは、CDの上から音を拾うんですか?」と訊く。

「だまされてもらえれば、ありがたいです。この仕掛けはダミーで、普通に下から音を読み取ってます」と、カバーを取って見せてくれる。

おもしろいねぇ。

CDプレーヤーを買い、ばらして、組み込む。内林武史さんは、相当レベルの高い工作好きです。木、アクリル、LEDなどの扱いに習熟してないと、これは作れない。

現在は、自身のアトリエで美術制作をやってます。ポルノグラフィティのステージオブジェも作っていた人。

前は博物館にある恐竜や化石の復元モデルを制作する会社にいた。TV大道具や舞台美術の制作会社にもいた。

どおりで、材料や塗装や組み立てに詳しいはずだ。

プロフィールを読んでいたら、工作神童でした。

4歳で紙や割り箸で工作をしていた。5歳で時計の分解。7歳でノコギリやカナヅチを使う。8歳で油絵の具で塗装を始める。

10歳で浦安に引っ越す。建設中のシンデレラ城を「美しい」と感じた。

これだけの熟練と感性を持ったら、小学生棟梁ですね。

陶器メーカーのTOTOがやっているギャラリー・間は、乃木坂にあります。

内林武史さんの作品を見てから、建築家・伊丹潤展に行く。「手の痕跡」というタイトルが気になりました。

最近通学している多摩美キャンパスで、チラシを入手したんです。

僕は建築家の描くスケッチやドローイングが好きなんです。建築模型も好き。

文章で言えば、取材ノートや生原稿や校正紙が好きというのと似てます。

全体を見たり部分を見たり、追加したり削除したり、あっちとこっちから眺めたり。突き進んだり逡巡したり、強調したり抑制したり。

変更につぐ変更。

なぜ、この建築なのか? 軌跡をみると、環境や条件とどう闘ったかわかるのではないかと思われてね。

会場は、ヒラリー・ハーンの音のようでしたよ。

伊丹潤さんの手技は、どうすれば無駄が作れるかを考える。

・無駄という掴みどころのない言葉には、人間の生に何か非凡なもの、あるいは空間の本質があるようだと、常々感じてきている。

味気ない空間でなく、生気が出てくる空間。

冷たく研ぎすまされたものでない建築を求めて、伝統・現代美術や書に精通していく。

再現された彼のデスクがありました。およそ、建築家の机ではありません。文士のようでした。色鉛筆が林立しているから、画家のようでもありました。

「最後の手の建築家だ」と、自らを称したらしい。

手といえば、展覧会はすでに終わって見られませんでしたが、田村友一郎さんという映像作家を発見しました。

靴屋のtrippen原宿店で、職人が靴を修理する工程を映像にしたのです。見たかったねぇ。

靴って、ファッションの中で一番機能が重視されるでしょ? 修理するってことは、機能を回復すること。それなのに、語られることはデザインばっかり。

本日は、空想する手・無駄する手・機能する手の3手でした。