あまい夢、次々と壊れていく喫茶店

「泳げるとか、泳げないってことじゃないでしょうが?」と、言われました。

「そもそも、落ちないように訓練することでしょう」と、子供をさとすように、ね。

「そうかぁ」。

夕方に、渋谷で落ち合った「音だっち」ツネツネと喫茶店での会話。

覚えておいででしょうか? 皆様。8月上旬に、真鶴港でヨットマンに出会った話。

60年ヨットに乗り、今年80歳になるも、未だ現役のヨットマン。「どこかに乗せてってください」と言ったら、「いつでもどうぞ」と言われる。

キャビンを案内される。もう、その時から、心は南太平洋。

そして、立ち止まり、冷静に考える。航海で、できることが何もない。航海術のことを言ってるじゃありません。

航海中の、毎日のくらしのこと。海でのくらし。

そういえば、キャビンには台所があったよなぁ。料理できないなぁ。これから、覚えないとまずいよなぁ。それが唯一の楽しみになるだろうから。

昨日書いた、平家物語の平曲を聴く会場は、四谷にあります。迎賓館の近く。

駅にもどる道で、HOTEL de MIKUNIを見つけました。ハウスレストランのハシリ。白壁にツタが絡まる、雰囲気たっぷりの外観。

「そうだ、前に、三國清三さんが料理教室でハンバーグとマヨネーズとサラダを作る記事を読んだな」と、立ち止まる。

北海道の漁師の息子、三國清三さん。お母さんは畑で野菜を作っていた。料理人としてのルーツに誇りがある。

素材のうまみを引き出すのが料理の基本。とはいっても、切って、こねて、混ぜてのコツはむずかしい。

なんとなく、吸い寄せられるようにドアを開ける。フレンチの香りただよう店内。

受付の人に、何を言っていいのか、とまどう。「記事、読みました」というのもヘンだし。でも、言うことがないから、言っちゃいました。

次の言葉、どうしよう?

無い。あせる。

「秋のパーティプラン」と書かれたチラシが目に入る。

「4名様以上なら、お一人6000円です。お2人なら、ちょっとお高くなります」。そうですか。

で? 次は? もう、逆さに振っても言葉が出て来ないから、あきらめて退散し渋谷に向かう。

「でさぁ、ヨットは長い航海だから、料理を覚えなきゃいけないでしょ?」と、ツネツネに話かける。

「それに、退屈したらヨットから飛び込んで泳ぐとか。でも、遠泳ができないから、水泳教室で訓練しないと」と、言ったあたりから、「大丈夫ですか?」とツネツネの顔に変化五段活用。

3mや5mの波が来る大海原、デッキから放り出されるのを必死でこらえる航海に、「遠泳ができるとかの話じゃなくて、海に落ちたら死ぬんです」と、冷静に言われる。

そうだよねぇ、夏休みの海水浴じゃないんだから。

海釣りをやるツネツネ。「ヨットに乗る前に、まず、海のことを知ることが先です」と、海釣りをすすめられる。そうか、航海中に釣った魚で料理もできるし。

彼の先輩は、苦労潮団という釣りチームを仲間内で作って活動中。釣場は主に沖磯でサバイバルだそうです。

夜6時に船を出して、島に着く。テントを張り、夜を過ごして、朝6時に帰りの船が迎えに来る。そりゃ、サバイバルでしょうよ。

岩礁に打ち寄せる波。殴りつけるような雨や風。太陽と月の運行。ヨットの前に、経験しておかなくてはいけないことは、あまりに多い。

多過ぎるから、真鶴の岩場で会った猫のように、舌出して寝たくなる。ドナルド・フェイゲンでも聴こうかなぁ。