毛抜きで抜かれたら、と想像すると
市川染五郎さん、体の調子どうですか? 順調に回復してるでしょうか?
8月27日、舞台の奈落へ落ちて1ヶ月余。
去年、渋谷区文化総合センター大和田で、吉例カブキ踊り「渋谷金王丸伝説」がありました。端然とした踊りに見とれる。「これが貴公子の舞踊というものか」。
恒例で、今年は「金王丸★宇宙に行く」と題して公演する予定でした。
渋谷のヒーロー、金王丸。渋谷警察の裏にある、金王神社に祀られてます。駅の東側ですから、あまり人出はない。とはいえ、駅の近くですから、参詣者もたまにはいる。
同じ東側で、たまにもいないのが氷川神社。その隣にあるのが、塙保己一史料館。温故学会の建物でもあります。建物自身が、登録有形文化財ですから温故です。
去年、ここで宝井馬琴師匠の講談を聴きました。
今年は講談だけでなく、朗読もやるというので出掛けました。
まずは、佐藤光生さんの朗読「あごひげ三十両」。
僕は、目黒図書館所蔵のCDで、鬼平犯科帳と剣客商売を聴いてました。100枚くらい聴きましたから、本を読む気にはなれない。そういうもんでしょ? 習慣って。
なぜ「あごひげ」を演ったかといえば、話に氷川神社や渋谷川が出てくるからです。
・主人公・長谷川平蔵と、親友の岸井左馬之助が、氷川神社近くの野崎勘兵衛の家に赴く。遠目から勘兵衛の様子を眺めると、白く長いあご髭をたくわえている。
「斬りあったあの時から、もう、20年が経ったのだ」と、2人は述懐する。
・聞こえてくる話では、なんでも、病気の妻を治すために、あごひげを30両で若年寄に売るのだという。若年寄は能が趣味で、翁の面を作るために勘兵衛のあごひげが欲しかった。
若侍ともどもやってきた面打ち。
・鋏で切るのかと思いきや、あごひげを1本1本毛抜きで抜き始めた。辛抱たまらず、涙を溜めて逃げる勘兵衛。
鬼の平蔵は、情けの平蔵でもある。例によって、因縁の仇に、それとはわからないように治療代を置くのだった。
いい話だねぇ。
続いて登場したのは、写真の宝井馬琴師匠の弟子・宝井琴梅さん。
盲目ながら、学問で検校の位に上り詰めた人。群書類従を編纂したことで有名です。
・宝歴2年(1752)、病気で失明した保己一、その時7歳。按摩にも琵琶にも興味がなかった保己一少年。
学問なら、と埼玉県から江戸に出て雨宮検校に入門した時は、15歳。24歳で賀茂真淵に師事。と伝記にあります。
・が、生きにくさは埼玉も江戸も同じ。「なんとか、学問を授けてください」と、平河天満宮にお詣りする毎日。
境内にいた撫牛を思い出してました。案内板には、嘉永5年(1852)に、氏子たちが奉納したとあるので、保己一少年は撫でることはなかった。
・盲目ゆえのからかいに遭う。じゃけんにされて自殺もよぎる。今日も今日とて、日参すると下駄の鼻緒が切れてしまった。天満宮前の商家で、「なんでもよろしいので」と紐を所望する。
・算盤をはじくいていた男、めんどくさそうに足元に紐を投げてよこす。懐に紐を納めた刹那、岩をも通す学問の決意が固まる。
これが群書類従、編纂の原点。
建物が登録有形文化財なら、納められている群書類従の版木17244枚も重要文化財。
10人集まれば、だれでもバレンで刷ることができるのだが、あと9人、手を挙げる人はいませんかね? 学びのヒーロー塙保己一。「ほきいち★宇宙に行く」ほど、刷りがいがあると思うのですが。
「金王丸★宇宙に行く」のほうは、急遽、尾上菊之丞さんが代演するという。こちらも、日本舞踊尾上流四代家元ですから、貴公子。
グレン・グールドみたい。