うなぎ屋の「よしおちゃん」を探して
そば屋で、正岡容(いるる)著「寄席囃子」を読んでました。ケシャ。
そこに、高齢者男女6人ばかり入店。平日昼下がりは、こういうシーンをよく見かけます。地域デビューをして知り合ったようなお仲間。
「それじゃ」ということで、リーダーらしき人がお酒を注文。店の人、「お猪口はいくつ用意しますか?」と訊く。
時、あたかも「名人文楽」の章を読んでいたから、おもわず顔を上げました。「えっ、お猪口?」。
現代落語家にあって、先輩名跡はだいたい八代目桂文楽までは、口伝えに伝説の名人と教わるでしょう。
昭和46年、「大仏餅」を口演中に絶句し、「勉強し直してまいります」と残して、以降高座に上がることがなかった。
明治25年生まれ。CDで聞けば、同じネタでも明治・大正そして昭和戦前の市井の雰囲気が味わえます。
中でも、すでに無い粋筋のネタになると、まるで幻灯を見てるかのような臨場感がある。
幇間(ほうかん)・たいこもち。客に逆らわず、お座敷を盛り上げる。ご機嫌をうかがうプロフェッショナル。
極力、自分のお金での飲み食いは避けたい。お座敷じゃなくても、だれかに取り巻いておごってもらうことを心掛ける。
夏の道ばたで、見覚えのある浴衣姿の旦那を見つけたので「ご一緒願いたい」とやに下がる。もう、もみ手でも腰砕けでも「じゃぁ、そこの鰻屋でどうだ?」と相手が言うまで離さない。
「鰻の幇間」を、そば屋で反芻してました。
「でも、店は汚いよ」。
「けっこうですねぇ、旦那。あたしゃ、店を食べるんじゃないんだから」と幇間。
ここから、文楽師匠の正統もいいけど、柳家権太楼師匠の路線もミックスされる。
「あたしゃ、白アリじゃないんだから」と現代落語爆笑王。
2階に上がった2人。暗くて、畳はボロボロで、店の子供「よしおちゃん」が勉強中。台は「よしおちゃん」の足跡がついているので、思わず台拭きをもらう。あるまじき不穏な空気。
「隣に寄りかかってる薄っぺらなおしんこ」や「腰のある蒲焼き」も、お客をしくじっちゃいけないから、べたほめ。
すべてが、浴衣の旦那にだまされ逃げられたと気付いてからは、幇間も店に毒づく。「言わしておくれよ」と逆ギレ大噴射。
「この酒、灘じゃないでしょ? どこの?」「野田」。
「徳利の柄、少しは考えなさいよ。山水くらいないの? キツネが3匹でジャンケンしてるじゃない」。
「それになに、このお猪口。『酒は三河屋』『金田葬儀店』って書いてあるじゃないの。厨房で使いなさいよ」
「いやな顔するんじゃないよ、怒ってんじゃないの」
「あの、床の間の掛け軸だってそうだよ。こういうとこはね、おつな女としんみりする場所でしょ? 『初日の出』って、よしおちゃんのお習字でしょ?」。「惜しくも、銀賞でした」。
こういう鰻屋、行きたいなぁ。「お酒は野田」って平然としてる店の人にも会いたい。
「名人文楽」を堪能していた正岡容さんは、桂米朝さん・小沢昭一さん・永六輔さんたちが私淑した人。彼らを私淑した世代が、権太楼師匠世代。
地域デビュー世代の仲間に、落語家がほしいよな。