罵倒・恫喝されても農民を書く
・そこはじつにな〜んにもない世界でした。見晴るかすコーリャン畑も湿地帯も断崖も何もなく、春まだ浅い褐色の大地が広がるばかり。
こういう絶望的広さの土塊は、日本にはない。北海道にもないだろう。
中国の山東省シャンドン高密県ガオミーシェン東北郷ドンベイシャン。去年のノーベル文学賞を受賞した莫言さんの生まれ故郷。
内陸のことと思っていたら、海に面した山東省も山脈・丘陵・沼地・砂漠がない。一望果てしない草原と、干上がって水のない川はある。飢餓と孤独もあった。
纏足の母親から「おまえ、黙っていることはできないのかい?」と言われ続けたおしゃべり少年が、後の莫言モウ・
イェンさん。言う莫(なか)れ、というペンネーム。
ノーベル賞受賞者には、式当日に招待客を選ぶ特権が与えられる。彼は、アメリカ・ドイツ・フランス・イタリア・スウェーデン・日本の翻訳者を招待した。日本からは吉田富夫さんが列席。
吉田さんは10年以上前から日本語訳を手掛け、莫言さんを日本に呼び、また山東省に出掛けた。本は、その交友録。
・地球上でもっとも美しくも醜悪。もっとも超脱にして通俗。もっとも英雄好漢にしてバカたれ。もっとも酒飲みにしてエロな場所。
我が子が、文化大革命を告発する「傷痕文学」を始めたことにオロオロする母親。農民の真実を語るのは止まらない。
地理的概念ではなく、文学の王国に、思惟空間を目指して故郷を超越したかった。
とはいえ、中国は共産党独裁国家。すべての出版物は原稿を厳しくチェックされる。そんなことが、可能なんだろうか?
「退職した知識人は、山ほどいます」。見晴るかすほどいるのだ。