バレバレに気付いた亭主

僕の古典の入り口は、すべて落語からだ。

三遊亭円生師匠の「洒落小町」。噺の中に出てくる歌。

・風吹けば 沖(おき)つ白波 たつた山
 夜半(よわ)にや きみが ひとり 越(こ)ゆらん

風が吹けば、沖に白波が立つ。今夜、あの人は龍田山を一人で越えて行こうとしているんだ。

歌っているのは、女房の井筒。あの人とは、亭主のこと。亭主が龍田山を越えてゆく先は、愛人宅。

と、すっかり浮気がバレているのに気付いたので、それから亭主は妻一筋になった。

林望が能を読む」青土社刊。

イギリスはおいしい」でデビューした国文学のリンボウ先生。書誌学で有名だが、能も年季が入っていた。

20代の頃、能楽師の津村禮次郎の筋向かいに引っ越した。そこで、師から装束・面・舞台構造・音楽組織・人脈・口伝を習う。

15年かけた詞章の解説を、誰でも読めるように書き直したのが、この本。

能のストーリーは、「今昔物語」「源氏物語」「平家物語」「太平記」などからとっていた。なかでも、「伊勢物語」の出典が多い。

演目「井筒」も、「伊勢物語」からだった。幼なじみの男女が、やがて結婚する。ところが亭主は浮気を始める。

そこで、「風吹けば 沖(おき)つ白波 たつた山」と相成る。

伊勢物語」は江戸時代以前のベストセラーだったので、歌は落語に取り入れられたのだろう。

ばかにならない。

Jean-Frédéric Neuburger