100年前の音の風景だ
テキストを顔の位置に上げて、読んでみた。
・夫の伯爵は一昨年文科大学を出られて直(すぐ)に結婚せられた。始めて玉のやうな姫君を生み落としたのが昨年である。
・その暮れに式部官になられた。そして今は官職を帯びたまま、倫敦(ロンドン)へ立たれるのである。
100年前の海外渡航といえば、船。横浜港の大桟橋の原型は、明治27年に完成。
・桟橋が長い長い
で始まる、森鴎外の「桟橋」という小品。スケッチ文学だ。
彼の旧主人家にあたる津和野藩主は、帝大文学部を卒業し、結婚し、女の子をもうけた。今、妻に見送られて船上の人になる。
彼女の目から見たデッキの風景を、鴎外記念館に集まった10人前後で読み回す。朗読を聞くのかと思ったら、参加者全員で読むことになった。
指導は、朗読家の内木明子さん。
100年前の文章だから、ルビがなければ読めない。意味を確かめながら、声を向こうへ届ける作業。おもしろい。
テキストに使ったのは「鴎外近代小説集 第二巻」岩波書店刊。
原典は、明治43年に発行された「三田文学」。後に、単行本に収録され、再録され、全38巻「鴎外全集」にも載る。
声にして読んでいると、人力車に乗りたくなる。蝙蝠傘(こうもりがさ)を持ちたくなる。行季(こうり)で荷造りしたくなる。
いきなり、底本を読んでもわからない。解説付きの「鴎外近代小説集」なら、読み続けられるかもしれない。