競争し遊戯もする、身体
國學院大学でスポーツ学を教える、一(はじめ)正孝教授の研究室訪問。
これほど血色の良い先生を見たことない。
「スポーツはポピュラーカルチャーの一つなのに、その認識が追いついていないのが残念です」と、盲点をつくような視野。
まず、スポーツの目的の広さ。
・競技として 健康志向 教育上 発育・発展的 レクリエーション コミュニケーション手段
前々から「スポーツ」と「体育」が、ほぼ同じ意味であることに居心地の悪さを感じていたので、目的が複数あると指摘されて安心した。
次に、スポーツへの関わり方もいろいろある。
・実践する 観る 読む 書く 写す 応援する 支える 話す
よく、人を「体育系」「文科系」に分けてない? いかほどナンセンスだったか。
どんな方法で接してもいいのだ。特に、読む。readの他に、devourがある。穴のあくほど見つめる、深く読み込む、熱心に聞き入る。
また、スポーツは学問分野を軽々とまたぐ。
・哲学 歴史学 社会学 情報学 教育学 人類学 医学 生理学 運動学 保健学 薬学 法学 政治学 経済学 経営管理学 カウンセリング学
スポーツは、学際的なんだ。確かにどれにも関係してる。
分野別に、企業・商品・NPOを思えばわかりやすいかもしれない。行政なら「スポーツ省」が統括して、各部局があるイメージ。
そもそも身体運動の意味には、どんなことが考えられるのか?
・ツールとして。経験として。表現として。自己形成として。
これは、ポピュラーカルチャーすべてに通底するだろう。
文化を語る時、スポーツだけがすっぽり抜け落ちていた。そうではなくて、同列なんだ。同類だから、音楽・美術・映像・ファッション・文学などと親和性があったのだ。
話を聞いていて、薄々感じていたことが整理された。自分では「とっ散らかってる」と引け目を感じていたが、「それでいい」と太鼓判を押された気分。
僕もdevourしたい。
手始めに、「身体論」的な数冊を推薦してもらう。