霞の水面から浮かぶ幻
憧れるおじいさんは、3人いる。
可愛らしさで古今亭志ん生、普通らしさで笠智衆、古典らしさで幸田露伴。
小学校時代、目の前で炎上消失した谷中の五重塔は、「幸田露伴が書いた『五重塔』のモデルだった」と大人たちが言っていた。以来、身近なおじいさん。
本は、1ページ目からチンプンカンプン。朗読CDを聞いて、初めてストーリーがわかる。
とにかく句読点が少ない。昔の言葉が出て来る。CDでも、最初は聞き取りにくかった。
「五重塔」の次に聞いたのが、「幻談」。中国の怪奇小説に詳しい彼だったので、幻想怪奇小説は余裕で書けたんだろう。それに釣りが好きだったし。
「幻談・観画談」岩波文庫刊を読んでみる。「幻談」は、昭和13年に発表した。
・徳川期もまだひどく末にならない時分の事でございます。
サラリーマンと一緒で、優秀な人間が出世するとは限らない。優秀であれば、嫉み憎しみを受ける。主人公も出る杭は打たれて、窓際族になる。
・暇具合(ひまぐあい)さえ良ければ釣に出ておりました。
火鉢をはさんで座談の名手と相対してる感じ。座布団敷いて、急須のお茶を飲みながら。暇具合なんて言葉は、今の時代小説家は書けない。勉強して書いても嫌み。
・魚にばかりこだわっているのは、いわゆる二才客(にさいきゃく)です。
二才とは、青二才のことか。でも釣果がないのを、老船頭が謝る。
・「なぁにお前、申し訳がございませんなんて。そんな野暮(やぼ)かたぎのことを言うはずの商売じゃねえじゃねえか」。
船頭から「もう一ヶ処やってみて、そうして帰りましょう」と促されたところから、いよいよ「幻」が始まる。
そして、
・客も船頭もこの世でない世界を相手の眼の中から見出したいような眼つきに相互に見えた。
省吾の男の、鷹揚と蒼茫。