「彼に装幀を」と作家は望む

「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」という本を出したのは植草甚一さん。

そもそも晴れの日は田を耕し、雨には本を読むと最初に言ったのは誰なのか? 権力闘争に敗れ、都落ちした中国の詩人というイメージがあるが。

よるべなさに、退屈しのぎする読書。手が出るのは、どんな種類の本だろうか?

菊地信義の装幀」集英社刊。菊地さんが装幀した本を読むタイプか、そうでないか。

すでに何冊も装幀の本を出しているが、これは1997年から現在まで発行された仕事集。

平野啓一郎さんが、自著「決壊」の体験談を語る。原稿を書き、校正し、出し切ってぬけがらのような時に見た出版社が持ってきた菊地装幀案。

・私の本、以外の何物でもなかった。

前に本を出した時、まったく気に入らない装幀を経験していたので、その時の安堵たるや。

よくあること。

世のデザイナーって、3分の2は本を読まない。読書経験が無いから、どだい無理な話なんだ。

読書する残り3分の1のデザイナーも、その内3分の2は写真やイラストレーションに頼る。安易だ。

菊地マエストロの方法は、出発点が文字原稿なんだ。あたりまえだ。それを削り出して、蒸留して、正体の構えのような佇まいを見せる。

本屋店頭でも、装幀展でも、彼の手掛けたものはすぐわかる。すでに1万2千点も出してる。

1977年からこの仕事。勘定してみた。

現在まで37年間。ということは444ヶ月。1万2千点を月数で割ると、およそ1ヶ月30冊。えっ、毎日1冊装幀?

もちろん、全集や双書やシリーズものもあるから、2日で1冊のペースかもしれない。それにしても、だ。そんなことが可能なのか? 

県立神奈川近代文学館では、「装幀の余白から」という展覧会が開催中。

ひき出しの多さは、それだけ読んできたということ。彼はほぼ毎日、田んぼじゃなくて文章を耕していた。

Chopin13 インゴルフ ヴンダー