飢餓と疲労と煙の島
屋外プールは、だいたい夕方訪れる。
順光方向に泳ぐと、底の青いペイントが反映してる。逆光に泳ぐと漆黒に近い水面をつき進むことになる。
ライトも灯る。底には、昼光とは違う、滲んだ反射の条がゆらめく。夜8時頃に閉場して、後片付けをする若者ら。
今年も8月15日が来た。
テレビで、敗戦特番はどれだけ見続けてきたか。消耗品として招集された兵士たちと、空襲された市民のドキュメンタリーが多い。
思いを馳せる。
で、戦記文学を読んだことがないことに気付いた。なんでもいい。たまたま、どこかの劇団が「野火」をやるというので、手にする。
「野火」新潮文庫刊。
大岡昇平さんの本。召集されてフィリピンのミンドロ島に行き、俘虜となり、レイテ島収容所に送られる。「俘虜記」がデビュー作。
大学出が一兵卒になるから、帝国陸軍の不条理を描くものと思ったら、違った。すでに軍隊の体をなしていない南方戦線での孤独な彷徨。
昇る野火をたびたび眺める主人公。農民が焼く穀物の殻か、焼畑の煙か。はたまた、日本兵発見を知らせる狼煙か。
6年後、郊外の精神病院で医師にすすめられるままにペンを執る主人公。
「あなたの症状は、離人症というものです。福次的特徴の一つとして、他人を信用できないというのがあります」。徴候で判断する医師を、主人公は馬鹿だと断言する。
思考は沈殿し、要するに死ぬ理由がないから生きているにすぎない、と。
若者は、プールサイドがよく似合う。美しい。