バスの振動は、揺りかごに似る
出掛けて、行きと帰りを同じ道にしないから、どちらかがバスになることが多い。
窓外の光景は、暑くてまぶたを閉じたくなるほどだ。
木陰の下で、信号待ち。スペースに限りがあるので、5〜6人立てば満員御礼。日なたに立てば、赤が青に変わるのもわからない直射を受ける。
20年前の本を読んでみた。「東京路線バスの旅」トラベルジャーナル刊。
24人の粋人が、それぞれ日常使いのバス、遠くに行きたい使いのバス、風呂帰り使いのバスを語る。
書かれているしくじりは、僕も経験済みだ。
1日2本しか通らないバス停で、延々待つ。様子の良い店を見つけたので降りて入店したら、とんでもない店だった。どんどん寂しくなるルートに、乗客は自分だけ。
捨てがたい味もある。
確かに目的地はあるのだが、あなた任せな揺れ具合がいい。東京は狭い。地方に比べれば、距離も短いだろう。
23人の路線はほとんど見当がつく。
一つだけ、乗ってないルートがあった。写真家・石川文洋さんがルポする、千葉県市川駅から上野広小路までの京成バス。
彼は市川市民だった。今も住んでいるのか。
江戸川、荒川、隅田川を渡る。途上に彼の人生が詰まっている。牛タン料理屋の前を通り過ぎる。定年後始めた土屋さんの店。
追憶使いにも、バスは使える。
土屋さんは映画社の第一線カメラマンだった。助手になったのが、石川さん。これが、キャリアのスタートで、ベトナムの戦場カメラマンになった。
映画「石川文洋を旅する」。命は落とさなかった。そして、ネガを振り返る。
レンズの先が戦場という仕事は、いつも、「なぜ」がつきまとう。危険な仕事に飛び込むという意味ではなく、戦場カメラマンは、どちかといえば内向的な人が多い点で。
バスの窓枠に頭をあずけて、後ろに流れる風景を追憶する石川さんを想像する。
そういえば、ダスティン・ホフマンの「真夜中のカーボーイ」では、バスが陽光ふりそそぐマイアミに向かうんだった。