良寛のように生きたい 太陽

一休さん良寛さん。

坊さんはわかるが、どんな人って思ったことない? かすかに思い出すような頻度のことだけど。

深みにはまると付いて行けなくなる恐れがあるので、ヴィジュアル優先で探す。

1994年11月号「太陽」平凡社刊に、特集で「良寛のように生きたい」があった。

記事に「清貧という贅沢」がある。94年当時を振り返る。バブルが弾けて、失われた20年が始まりだした頃だ。

右を向いても左を見ても、清貧ブームで湧いていた。掌がかえるとはこのこと。軍国主義から民主主義に宗旨替えした親父の時代も、かくやと想像できた。

あぁ、世が尻馬に乗るって、こういうことか。軽薄だけが人生さ。以来、一貫した理念に疑いの目を養う。

「ぶれない」と公言する奴には、慰めが必要だ。

「太陽」も清貧を商品化して、良寛特集。

越後の名主の息子。父親は名主なのに俳人。隣町の名主と熾烈な勢力争い。代官から謹慎させられる目にもあう。

家のゴタゴタを見ていた少年は、8歳で曹洞宗寺子屋に通学開始。18歳で剃髪。22歳で岡山県円通寺良寛と名乗る。

書の人。僕には般若心経、漢詩の七言絶句、短歌を鑑賞できる知性は無い。

それより戒語。嫁入り心得とか健康法とか各種ある中、言葉についての戒めがすごい。

・ことばのおほき
・はやこと
・かしましくものいふ
・さしでぐち
・へらずぐち
・よふてことわりをいふ
・人のかくすことをあからさまにいふ
・・・・
・ことばのすぐるはあいそなし

言葉は、少年にはゴタゴタと同じ意味だったか。ために戒めた。でもできない。さらに増やす。

無心という大愚。良寛さんは子供たちと手まりで遊びながら、「あっ、そういえば。この戒めは書いてなかった」と懐紙にメモしたか。